2013年2月12日火曜日

完治か共存か(YY-rated)

お医者さんのおっしゃる完治は癌細胞を撲滅すること。

癌細胞があっても、大人しくしていてくれて

宿主が充実した人生を送ることができれば、それでいいと私は思う。


治療で長年苦しんで

そのストレスが、かえって寿命を縮めてしまったのではないかと思われる人もいたし

実際、製薬会社の抗がん剤開発者が、自分の家族が癌になっても抗がん剤だけは受けるな

と言った話も聞いたことがあるし。


だけど保険料の請求ができる治療と認められない治療があって

癌と共生する道を選んで成功した人なら誰しもがこれは良いと思う方法は、

治療と認められず保険の請求ができないことが多い。


それは、患者本人が自発的な日常の習慣にして続けることが大事なので

医者や看護師さんが管理できないし

行政や病院が医療費の相談に乗ることもできないから。


いろいろめんどくさいと思ったら

医者任せ、病院任せにして、

他にも頑張っている人はいるんだから、と、苦しみに耐えればいい。


何かあっても、家族に経済的負担をかけることはないから。

辛くなる治療か、楽になるおまじないか

先日テレビのニュース番組全国版で寒いほどお得フェアの紹介がありましたネ。
 
取材された店の中に、うちから歩いて行けるお店が!
 
そこの看板娘(たしか、私と同い年)もバッチリ写ってました♪
 
 
お互いの子供は同学年ではなかったのだけれど
 
うちの子もあちらのお嬢さんも同じピアノ教室へ通っていたご縁で
 
夏の繁忙期、ちょっとお手伝いをしたこともありました。(娘、ではなく、私が)
 
 
何かと節目にお世話になるお店で
 
娘のカレシとうちのダンナとの顔合わせにも利用させていただきました。
 
 
 
さて、テレビで見た寒いほどお得フェアの対象メニューがとても美味しそうで
 
タイミングよく、放映のすぐ後で50%offになり
 
仕事が早く終わりそうだとダンナから電話があり、久々に出かけてみたら・・・
 
 
みんな考えることは同じで、ほぼ満席。
 
奥のテーブルに見えていた空席は予約席で
 
空いている席はあるけれど、4人掛けのテーブルに相席するしかありませんでした。
 
 
でもそれが、ちょうどよかったんです。
 
私たちが座ることになった席の隣でオーダー待ちをしていたのは
 
娘の同級生のお母さんと弟さんでした。
 
 
実は彼女、半年ほど前に私と同じ病院で、乳がんの手術を受け
 
退院後、通院で抗がん剤治療を受けていました。
 
抗がん剤治療の終了した今は放射線治療に、なんと毎日、通院しているのだそうです。
 
 
副作用のオンパレードで
 
治療を受けて楽になるならまだしも、辛くなるのがわかっているのに通院しなくてはいけないので
 
死んでしまった方がどれだけ楽か、とご主人に漏らしていた時期もあったとか。
 
 
手術の傷より薬の方がつらいというのは、
 
私も手術後の麻酔の副作用で、たった3~4日でしたが、
 
元気になるなんて考えられない、と思ったこともあったので、とてもよくわかりました。
 
 
でも今はだいぶ元気になって、気分転換を兼ねて外食に出て来て
 
その日は会話をしながら、しっかり完食。
 
「ここまで来たら、なんだかいろいろやりたいことがいっぱい出てきて
 
長生きしちゃいそうな気がするんだ~。」
 
 
普段は何もしないご主人が、息子さんと協力して料理やお風呂掃除まで
 
かなり気合を入れて、「やればできるんだ」どころか
 
完璧さを自慢するほど楽しんでやってくれたそうです。
 
 
うふふ、よくぞ話してくれました。ありがたいなぁ。
 
 
 
明日、あ、もう今日ですね、12日。
 
私が退院後初めての外来受診を予約してある日。
 
 
「今後の治療方針についてのお話があるので、ご家族の方も同席してください」
 
と言われているので、ダンナが職場を休んで連れて行ってくれることになってます。
 
 
というか、抗がん剤、放射線なんて、もってのほか!
 
と思っている私のことを周囲はよく知っているので
 
またどこかへ消えてしまわないように連行されるわけです。
 
 
あまりの痛さで手術は受けてしまいましたが
 
せっかく普通の生活ができるようになってきたのに
 
ここでまた体を痛めつける行為は、もう受けたくない、というのが本音。
 
入院治療ではなく通院というのもキツイし。
 
入院したらしたで、食事が合わなくてめげそうだし。
 
 
抗がん剤、放射線はナシで
 
食事と漢方薬とホメオパシーと気功と温熱療法と心理療法などで完治を目指す。
 
 
主治医に話したら「気休めのおまじないでしょう」と言われそうなことだけど
 
帯津三敬病院では実際に行われているんですよね。
 
こんなところが県内にあったらどれだけいいかと思います。
 
 
 
などなど考えてしまい、今夜はすぐには眠れそうもないのでブログ書いてみました。

2013年2月9日土曜日

1億円


今日のテレビで話題になっていた金額。
 
今の日本の平均的な夫婦が
 
65歳定年後、85歳まで20年間、生きるとしたら必要な金額だそうです。
 
 
奥さんが専業主婦の場合は
 
年金が今の基準でもらえるとしたら、その約半分はカバーできるらしいです。
 
 
でも、この数字は現役時代の生活レベルをそのまま続けたら、という数字。
 
子供の教育費、住宅ローンなどを払い終えて
 
生活保護の申請ができる、国が最低必要額と決めた額で暮らすようにすれば
 
1200万円の貯金があれば大丈夫だそうです。
 
 
今51歳。
 
65歳まであと14年。
 
今からスタートしたとしても、毎年100万円貯金すればなんとかなりそう。
 
 
いや、夫婦共、会社の正社員で勤続10年以上だったら
 
すでにこのくらいの貯蓄がないとね。
 
 
東京の自宅を賃貸してリタイヤ後の八ヶ岳で暮らしを楽しんでいる歌仲間がいます。
 
毎年のようにハワイへ1週間ほどゴルフとホノルルマラソン観戦に行ったり
 
豪華客船で世界一周旅行したり。
 
 
20代、社会人1年生になった頃は
 
真面目に働いていれば誰でも老後はそんな暮らしができると思っていましたが
 
この先、どうなっていくんでしょう。
 
 
イソップ童話に「アリとキリギリス」ってありますね。
 
子供の頃、母親がよく、この話を読み聞かせしてくれました。
 
 
30代で独立開業したは良いけれど
 
母親の言葉を借りれば
 
飲み屋で自慢話ばかりして周囲の人に嫌われ会社を倒産させた父。
 
そんな生き方はするなよ、と子供たちに教えたかったのでしょう。
 
 
 
「遊んでばかりいると、大変なことになるよ、
 
一生懸命働いて、将来の備えをしっかりするんだよ。」
 
そういう教えを、幼少時から擦り込まれていた私。
 
実家を出てからも娘が誕生するまでは
 
家計の足しにと仕送りをしていました。
 
 
片や、「毎日が楽しくなければ人生じゃない」と
 
毎週末のように遊びに出かける家庭で育ったダンナ。
 
 
ダンナの実家は、いわゆる富裕層に属しているわけではなく
 
とっても普通の商店を営みながら、
 
アウトドアで分相応のレジャーを家族みんなで楽しんでいました。
 
 
家の心配をする必要がなく、クレジットカードも学生時代から持っていたり
 
勤め始めてからの給料は全て自分の趣味につぎ込んだり
 
貯蓄という観念が皆無な上、借りることに何の恐れも持っていません。
 
 
父を戒めながら我慢を重ねた挙句、
 
父より先にマイホームの夢もかなわず他界した母。
 
母亡き後、制約がなくなり、思うままの飲み放題、買い物し放題で
 
糖尿病、心臓病を患いながらも一人気ままな暮らしの中で
 
心臓発作で長患いすることなく、あっという間に、でも当時の平均寿命まで生きた父。
 
 
何が正しい、悪い、というのではなく
 
人生、楽しんだ方が得。我慢は損。

2013年2月8日金曜日

お腹だけフランケンシュタイン(XX-rated)

初めてこのブログをご覧になる方は多分、そんなにいらっしゃらないと思いますが
 
念のため、タイトルの後にある(XX-rated)についてご説明。
 
 
このブログは、ちょっと心して読んで下さいね、
 
場合によっては、かなりショックを受けるかもしれないので。
 
という感じの印です。
 
詳しくは、このブログの最初の方、「ようこそ」というタイトルの本文をご覧くださいね。
 
 
 
入院中、毎日のように担当医や看護婦さんが、傷口の状態を確認しに来ていたのですが
 
シャワーを浴びられるようになるまでは、自分で腹帯をほどいて見ることはできませんでした。
 
 
なので、手術直後はもちろん、最初の3日間の状態は見ていません。
 
でも、皆一様に、治りの速さ、きれいさを褒めて下さいました。
 
患者の回復を促進するために、誰にでも同じことを言っているのかもしれませんが。
 
 
手術の傷痕は、おへそのすぐ下からまっすぐ股間に向かう15㎝ほどの直線。
 
初めて見た時の感想は、「お腹だけフランケンシュタイン」。
 
いろいろ記録しておきたいと思いましたが、さすがに写真を撮る気になれず。
 
 
それが、今日はもう瘡蓋も、ほぼとれていて
 
まん中あたりは、左右の表皮の分れ目が見えないくらいに再生されてました。
 
 
その部分の上下は、左右の高さが微妙に違って閉じられたようで
 
微妙な段差があり、その分、瘡蓋も大中央に比べると幅が大きかったです。
 
 
子供のころ、転んで膝をすりむいて瘡蓋ができて
 
治りかけるときに痒くなるので、ついつい自然に取れるのを待たずにはがしてしまう。
 
私たちの世代なら、誰しも経験してますよね。
 
 
その痒みが少しだけあったくらいで、痛みは全くありません。
 
 
時たま、内部に鈍い痛みや鋭い痛みが走ることはありますが
 
どうやら腸の動きと関係があるようです。
 
 
手術後の傷の消毒は、全くせず
 
人間の免疫力、再生能力を生かすため、乾燥させるのが、今のやり方だそうです。

2013年2月6日水曜日

プロポーズの誓い


 
まず初めに。
 
タイトルは、私たち夫婦とは全然関係ありません(笑)。
 
 
 
ここにアップした画像は、
 
職場でお世話になったお客様でありスタッフでもあり歌仲間でもあり
 
今はご近所さんでもあるという、何ともご縁の深い方から貸していただいた健康雑誌。
 
 
「もう、和田さんは、ここに書いてあること、多分全部わかってると思うけど
 
私の兄が勉強したことが書いてあるの。
 
ヒマしてるでしょうから、よかったら読んでみて。」
 
 
お兄様は食事の改善で癌は必ず治癒するという絶対の自信をお持ちで
 
今の奥様と結婚する時に
 
「僕は君を必ず再発から守る」
 
とプロポーズしたそうなのです。
 
 
 
 つまり、奥様は結婚前、すでに私と同じ手術を受けていて
 
子宮のないことを承知で、結婚されたのだそうです。
 
 
 
 
なんて心温まる、勇気の出るエピソードなんでしょう。


 
だいたい知っていましたが
 
「塩抜き」は知りませんでした。
 
 
梅干しをはじめとする漬物や味噌、醤油など
 
発酵食品、塩気の強いものがいいと思っていたので、とても意外です。
 
 
我が家は夫婦して濃い味に慣れているので、
 
実践するのは、かなり難しそう。
 

標高1000m以上の気圧

病気と全然関係ないことですが、すごく笑えた出来事があって、

次の日アップしようと思いながら、もう4日もたってしまいました。


清里の家に戻って最初の夜のこと。


夜寝る前、スキンケアで毎日使っているナイトクリームのチューブのふたを開けたら・・・


ここまで書いたら、山の登る人、高原に住んだことのある人なら、もうわかりますよね。


クリームが出るわ出るわ、

にゅるにゅると、左手のひらいっぱいになってしまい、

きりのいいところでふたをしようにも、右手でチューブを持ち左手は指先までクリームだらけ。


ひえ~~~~、なんでこんな・・・


ああ、そうか、今まで下界で使ってたから。

そういえば、娘がまだ小学生だった頃、ディズニーランドで買った風船が

帰り道、標高900mあたりの車内で割れたこともあったっけ。


ようやく勢いが収まった頃には、チューブは、ほぼ空。


そんなに高いものではないけれど確実に2週間分は出てきてしまい

それを全て顔に擦り込むのは無理。

エステで全身美容するみたいに贅沢に塗ってしまえばよかったのかもしれませんが

どうも、もったいない根性が強くて、できません。


一人だったら、やむを得ず、そうしたかもしれないのですが

リビングへ出ていき、テレビつけっぱなしで居眠りしていたダンナのところへ。


「ねえ。」

「ん?」


目を開けた途端、「何やってんだ?」

右手にチューブ、左手に山盛りクリームで、

困り果てて呆然と座り込んでいる私の姿がよほどおかしかったらしく、

しばらく笑いこけてました。


で、クリームはスプーンですくってサランラップに包んでもらい、今はそこから大事に使ってます。










2013年2月5日火曜日

回復と成長

手術後、寝たきりで排泄すら自力でできなかったのが

起き上がって、歩いて、顔洗って

ご飯食べて、シャワー浴びて

自分の思い通りに体を動かせるようになっていく過程は

赤ん坊の成長に通じるものがある。

できて当たり前で

普段は気を留めることもない体の動き。

四つん這いから真っ直ぐに体を起こしで歩くって、

こんなに重い頭を支えるって、大変なことだったんだ。

毎日、少しずつ、できることが増え

体の違和感がとれていくのを

看護婦さん、家族が、ひとつひとつ確認して、

「頑張ったね、よかったね」と声をかけてくれる。

目一杯の愛で育てられる至福の時代、

乳児期の自分を早送りで再体験しているみたい。